このページは、現時点では社内協議用のプレースホルダです。 写真の配置場所、本文の構成、敬意の表し方などを確認するための叩き台です。 ご遺族と美輪明宏さん側への確認の後、本文を確定します。
はじめに
ライズの仕事の輪郭は、いくつかの現場で形作られてきました。
その中でも、長年にわたって私たちの光の作り方を導いてくれた人物がいます。 戸谷光宏(とや・みつひろ) — ライズの照明プランナーとして、 美輪明宏さんの舞台を10年以上にわたって照らしてきた人です。
[写真挿入:ヒーロー / 戸谷光宏 肖像 または象徴的な舞台写真]
戸谷は、コロナ禍に入る頃に他界しました。 業界内では「戸谷光宏を送る会」が催され、黎明期から舞台照明を支えてきた 多くの先達が集まりました。
このページは、戸谷の仕事ぶりと、それがいまのライズにどう染み込んでいるかを、 若い世代にも届くかたちで残しておく試みです。
美輪明宏さんの舞台と、10年
戸谷が長年担当した美輪明宏さんの舞台は、ライズの代名詞でもありました。
[写真挿入:大判 / 美輪明宏音楽会の舞台シーン]
- 演劇『黒蜥蜴』 — 三島由紀夫戯曲、江戸川乱歩原作
- 演劇『愛の讃歌』 — エディット・ピアフの生涯を描いた美輪さんの代表作
- 演劇『近代能楽集』 — 三島由紀夫戯曲、能を現代に翻案した連作
- 演劇『双頭の鷲』 — ジャン・コクトー戯曲
- 美輪明宏音楽会 — 全国を巡るコンサート
[写真挿入:2カラム / 黒蜥蜴 + 愛の讃歌]
[写真挿入:2カラム / 近代能楽集 + 双頭の鷲]
これらの舞台で戸谷が作っていた光は、派手な技術ではなく、 舞台に立つ人と、客席で観る人の間にある「気配」のようなものでした。
「戸谷光宏」という名前
戸谷の本名は、戸谷義といいます。
「戸谷光宏」の名は、美輪明宏さんによる姓名判断で名付けられたものでした。 照明の仕事をするうえで使ってきた、もう一つの名前です。
これは余談として書きますが、戸谷と美輪さんの関係を一言で表すような、 小さくて温かいエピソードだと思います。
[写真挿入:小サイズ / 戸谷光宏のクレジット表記がある公演プログラム等]
いまのライズに、染み込んでいるもの
戸谷の作った光は、形としては残っていません。 照明は、その公演が終われば消えるものです。
ただ、戸谷と一緒に現場を作ってきた者、その背中を見て育った若い者、 そのまた次の世代へと、「光の作り方への姿勢」のようなものが バトンとして渡されてきました。
[写真挿入:大判 / 現在のライズスタッフが現場で作業しているシーン]
ライズが「ベテランの神技」ではなく「分野ごとに専門性を持ったメンバーが 集うチーム」であろうとしているのは、戸谷から受け取ったものの形です。
戸谷光宏を送る会
2020年、業界の先達が集まり、戸谷光宏を送る会が開かれました。
[写真挿入:中サイズ / 送る会の様子(ある場合)]
舞台照明の黎明期から現在までを支えてきた人たちが、 一人の照明プランナーを送るために集まる。 その光景そのものが、戸谷の仕事の証だったように思います。
おわりに
戸谷光宏は、ライズの過去です。同時に、ライズがどこから来たのかを 教えてくれる場所でもあります。
私たちは、戸谷が照らしてくれた現場で覚えたことを、 いまの分野 — 演劇、バレエ・ダンス、コンサート、xR、イベント、エキシビジョン、 美術、常設設備 — のそれぞれに持ち込みながら、新しい現場に立っています。
[写真挿入:大判 / ライズの現在を象徴するシーン]
戸谷光宏(とや・みつひろ)/ 本名 戸谷義(とや・よし) [年] — 2020年頃 ライズの照明プランナーとして、美輪明宏さんの舞台公演を長年担当。
このページの公開にあたり、ご遺族および美輪明宏さん事務所の ご承諾をいただいています。
[編集注:このプレースホルダ版は、写真9点ほどが入る前提で レイアウトを組んでいます。実際の写真選定・本文の最終確定は 社内協議と関係各位へのご確認の後となります]